命の大切さ・戦争を語れるか?

8月6日、広島原爆の日、8月9日、長崎原爆の日、8月15日、終戦記念日。

 

この日付に対して、思い入れがある日本人は今、どれだけいるだろうか。塾の授業で少し話題にすることもある。

私は教育に携わる者として、夏には戦争があったことを子ども達に伝えていかなければならない、という気持ちがある。端的に言えば、命の大切さである。歴史的な事実の検証は専門家の先生に任せるとして、たくさんの人が道半ばで亡くなったということは紛れもない事実である。

 

私が小学校の頃は平和教育にかなり力を入れていた。夏休み中は必ず登校日があり、平和集会があり、そこで原爆のこと、戦争のことを学んだものだった。幼いながら、夏休み中に学校に行く、というイレギュラーなことが心に刻まれていることを今でも感じる。

だけど、当時は少し過激だった。原爆の被害の写真を見せられ、少々トラウマになるほどだった。それについては大人になると少々疑問なところもある。

 

ただ、それだけの刺激を与えても大人達は、この事実を風化させてはいけない、と思ったのだろう。

 

つまり、戦争を「語れた」のだ。今「語れる」大人がどれだけいるだろう。

 

大切なことは「話す」のではない、「語る」ことなのだ。そしてそれは次の世代に「伝えていく」ものなのである。

 

平和な時代に生きていること、何気ない日常に感謝する。

 

自分自身が過去に私に伝えてくれた大人達の言葉を紡ぎ、どれほど「語る」ことができるだろう…そう思うこの1週間である。