テスト~自分の力を客観的に知る~

現在、小学生は学年によって入会の制限がありますが、中学生は指導の枠が空いております。

中学生は、普通学級の子対象の集団指導クラスがあります(特別支援は行いません。ワークの予習、板書中心です)。

当塾は特別支援の生徒だけでなく、普通学級の学力向上を目指す子まで幅広く生徒が来られています。他塾と併用しながら都立高校を目指す子もいます。

 

月曜は数学、火曜は国語を行っています。今ならお月謝を2か月間、半額にいたします。

 

ご興味ある方がいらっしゃいましたらご連絡ください。大手塾とは違い、集団ながらも個別性を大切することができます。

アットホームな雰囲気なので、受験指導バリバリの雰囲気ではない、リラックスした環境で学ぶことができるかと思います。

さて、中学生はテストの結果が返ってきているが、その点数、結果に対してどのように捉えるかは生徒それぞれであるな、という気が改めてする。

 

テストは自分の力を客観的に知る機会である。だが、どうしても私情を挟んでしまう。よく聞く話として・・・

「時間がなかった(時間があればもっと解けていた)」「ケアレスミスだった(ミスがなければ点数がとれていた)」などである。心理学的に言えば「認知的不協和」が生じているのだろう。それはさておき。

 

現実のテストの点数と自分の行動を照らし合わせて考えることができるか、ここがポイントである。

実際に点数が良いにも関わらず、ダメだった・・・と思うのも、これも予め自分の心を傷つけないように予防線を張っているようである。

また、テスト前に目標点数を聞くが、ここで本人の能力以上の点数を言ってしまう子も、これはこれで心配になる。

 

簡単に言えば理想と現実のギャップだが、この差が小さい生徒の方が伸び率が高い。これは経験則で言える。

重要なことは、やるべきことを理解しているかどうか、また自分という人間を高く見積もらない、という冷静な目である。

少し、ここから深くなっていくのだが、いつごろからか、教育現場でキャリア教育なるものが浸透しだした。私も受けてきた一人である。だが、そこで言われることは何か、これはあくまで私の印象だが、仕事は楽しい、自分の強みを活かす、自分に合った仕事を、可能性は無限大・・・といったどこか、自己啓発じみたことを植え付けられているような気がするのである。

 

もっと、世の中の現実を見せた方が良い。自分の好きな仕事につける人など、ほんのわずかだ。むしろ、やりたくないことであっても我慢して続けている人の方が立派ではないだろうか。そういう社会の影の部分を見せず、能力の伸長という部分にだけ目を向け、自分の理想という目に見えないものを知らず知らずのうちに追いかけさせられているような気がする。

新卒での離職率が高いのはまさにこれが原因だと思う(そうしないためのキャリア教育なのに皮肉なものだと感じる)。

 

自分の強みやできることなんていうのは、七転八倒したあげく、傷だらけになってでも自分の中から離れていないものである。

であるから、テストというこの結果をどう見るか、その視点だけでも十分にキャリア教育になる。

 

生徒達には理想よりもまず、目の前にある現実に目を向けてもらいたい。