手間暇をかけるから

これまでのブログの続きのようになりますが、塾では手間暇をかけています。

 

具体的にどういうことかと言うと、例えば中学生の英語の教材。

 

学校の教科書の内容を学習しますが、単純に問題集に沿って学習はしません。

オリジナルのプリントを作っています。

 

どんなオリジナルのプリントか。

 

まず、教科書本文の英文が書かれてあります。全て教科書の文を打ち直します。教科書では切りのいいところで改行されていませんので、うまく、読みやすいように改行し、1枚のプリントに収まるようにしています。フォントはUDフォントに変えています。また、読み方がわからないと思うので、英文の下にカタカナで読み方を振ります。当然、和訳も載せます。和訳もUDフォントにし、漢字が読めない生徒もいるので、ルビを振ってあげます。

 

算数や数学の問題はどうでしょうか。

 

同じようにUDフォントにし、読みやすい環境設定にします。

問題は教科書や問題集の問題だと、ちょっと難しいくらいなので、微妙に問題の難易度を調整し、問題を作成し、そういった問題を複数に用意します。また、子ども達にちょうど良いくらいの問題は教科書の基本問題にも1個か2個ですし、問題集も同じようなものです。結果としてオリジナルに作ってあげることが本人達の学習環境を整えることになるのです。

 

英語のプリントは大事そうに自分の教科書に挟んでいた子もいました。学校の学習で音読をする時に、とても助かるようです。(逆にそれがなければ全くついていくことができない、ということ)

 

まだまだ工夫はありますが、これはあくまで教材のみに言えることで、前提条件の話です。

既存の問題集を使ったり、コピーして教材を用意することは簡単です。

ですが、そういったところで躓いている子たちだからこそ、この塾に来ています。だからこういったことは当たり前のことなのです。

そういった問題集なり、教科書なりがあればいいのですが、現状はありません。

 

こういったプリント1枚作ることでも手間暇をかけています。一単元作るのでも、2時間、3時間はザラです。過去に作ったものも日々カスタマイズしますし、教科書が改訂されればまた1からやり直しです。

 

でもいいのです。それが意味があると思ってやっています。なんでこういうことをやっているか?こんな面倒くさいこと、やる人がいないからです。やっていないからそこに社会的なニーズがあると思っています。

教育は経済性や効率性とは真逆の位置にあるものだと思います。手間暇かけるからこそ、教育だし、無駄や遠回りがあるからこそ、その教材にも意味が出てくると思います。

 

私も問題集を使うこともありますが、こういった教材づくりに毎日、食い下がりながら指導をしています。

こういった教材一つ作るのでも、塾では手間暇かけて、時間をかけています。

基本的に私が一手に担って行っております。夕方に教材が完成するころにはヘトヘトになっていることも。

 

ただ、私一人で全てができるか、と言えばそんなにできません。私一人に与えられている時間は1日24時間ですし、どんなに自分の時間を削ったとしてもこういった作業をしながら塾の指導を一定の水準に保つには無理があります。だからこそ、人が必要です。

 

大変かもしれませんが、少しでも教育の理想に食い下がってみませんか。

一緒にstadia-educationを創り上げていきませんか。

 

興味のある方はぜひ。

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